服を楽しめるって、体というよりも心の余裕だね。
どう見られるか怖くない人はどんな服装だってできる。
似合わないと言われても気にせず楽しめる気概よ。
なんでこんなことが頭に浮かんだのかというと、今が水着の季節だからです。
水着、とりわけビキニ。
一生に一度はビキニを着て夏を全身全霊で楽しんでみたい。
もはやビキニという単語が光り輝いて見える。自ら発光しているのかもしれない。
お国柄で差別したくないけど、日本はビキニに対するハードルが実際馬鹿高いよね。
ムダ毛が無く、贅肉がはみ出てなく、年齢に合ったデザインetcetc、ほんっっとうるっせえ~~~~!!!!!!笑笑笑
Twitterで海外のビーチに行った人の意見の中で特に私の目についたのは、
「体型を気にしないでビキニが着られて楽しい」みたいな感想の多いこと多いこと。
これだけで日々の自分の格好にどれだけ気を配ってるかがよくわかる。
夏服なんて肌の露出が多い分、体の個性が出やすいのに許容される着こなしは100人いる中で実際30人くらいみたいな幅の狭さ。
許されるファッションって、そもそも何。
私って一体何に許しを求めてるんだろう。
雑誌やらパーソナルカラー診断やらインスタグラムやらに影響を受けながら、そして時に心無い人の嘲笑にさらされながらゾンビみたいに同じところをはいずりまわっている。
自分の心、難しや。
そんな感じで路頭に迷ってるとき、がんじがらめの国日本でも体型や人の目をとっぱらってビキニを楽しんでいる人たちを見た。
その表情の晴れやかで、なんと楽しそうなことだろう。
「別に何言われたっていいじゃないか、隣に仲間がいれば。」
そんなキャッチコピーがふわっと浮かぶような,、いい笑顔で溢れていた。
同調圧力には集団で対抗するの、めちゃくちゃいいなって思った。
どうやら、肩を並べてファッションを楽しめる人がいれば、似合わない(と思い込む)怖さって薄められるらしい。
昨今はボディポジティブとか自己肯定感とか、自分のありようを確かめる色んな言葉が飛び交っている。
多分それが解決できてる人って、そういう言葉にさえ縛られずに生きてるんだろうけど、私はある程度レールを敷いてもらった方が安心してマインドの振り先を見つけられる。
こうやってちょっとずつ答えを取り込みながら進んで、いつかビキニを着て笑ってる自分に挨拶出来たらいいな。
よっ。ビキニ、似合ってんじゃん。
おわり